2009-01-01から1年間の記事一覧

欧州人の見た戦前日本の光景【7】・軍事能力

先の日記で、リデル・ハートや、現代アメリカの軍事学者による、大日本帝国時代の日本軍の評価について書いた。 d:id:royalblood:20090424:1240572977 d:id:royalblood:20090424:1240576100 これらの検討では、明治維新後の近代日本の軍事的成功が、西洋人に…

欧州人の見た戦前日本の光景【6】・日中戦争

開戦以前に様々な要因が戦争に至るものを内包していたとしても、第一次世界大戦が、セルビアにおける銃声で始まったように、日中戦争は、盧溝橋事件の銃声により偶発的に発生した紛争である。日中戦争を日本が軍隊を侵略的に送り込んだために起きたと誤解し…

欧州人の見た戦前日本の光景【5】・満州国

今回もコリン・ロス関連で、満州国について取り上げたい。満州国というのは、満州*1が清帝国を樹立した満州族の故地であったために、清帝国の最後の皇帝、溥儀を擁立して、日本の後援の元に、現在の中国東北部に樹立された国家であった。日本が、このような…

欧州人の見た戦前日本の光景【4】・鉄道運行

日本の鉄道運行は諸外国に比べて正確であるというのは、よく言われてきたことであり、日本国内でも、常識化していることであると思う。こういった点についても、ロスは見解を述べている。 日本の鉄道の管理経営は卓越している。戦時下の非常時にもかかわらず…

終戦工作の真相【6】

「欧州人の見た戦前日本の光景」も、まだネタがあるので続ける予定だが、今日は、「終戦工作の真相」の続きを書くことにする。 太平洋戦争の終戦工作に関しての記事は6回目となるが、最近復刊されたフラーの『制限戦争指導論』にも興味深い記述がある。 天皇…

欧州人の見た戦前日本の光景【3】・朝鮮

日本が、1910年に朝鮮半島を併合したのは歴史的事実だが、現在の日本国内での議論では、併合は侵略行為であり許されない行為であるという見解と、日本はロシアの南下を食い止めるために自力で近代化する意志がなかった朝鮮半島をやむを得ず併合したのであり…

欧州人の見た戦前日本の光景【2】・日本人の器用さ

今日もコリン・ロス『日中戦争見聞記』関連の話題。 一般に、日本がアジア各国の中で、最も早く工業化に成功したのは、日本人が勤勉で手先が器用であったからというように言われている。私も、このような一般的な見解を受けて、アジア人の中では、日本人が一…

欧州人の見た戦前日本の光景【1】・対独感情

手元にコリン・ロスというドイツ人*1が書いた『日中戦争見聞記』という本がある。1939年、つまり太平洋戦争勃発前夜にして、日中戦争中のアジアの旅行記をまとめたものだが、西洋人の観点から生で見たアジア観は新鮮であった。私が興味深く思った点をいくつ…

終戦工作の真相【5】

「終戦工作の真相」は、【4】を以て一旦終了するつもりだったが、別件で『マッカーサー大戦回顧録』をあたっていたら、たまたま日本側の和平工作についての記述が見つかったので、補足として書いておきたい。 私は日本の天皇から、山下ラインを守りきれなか…

【CNN】家屋空爆で50人死亡と米軍、民間人ら100人以上とアフガン

本日、アフガニスタンで米軍の誤爆により民間人が100人以上死んだというニュースがあった。 配信元はCNNだが、以下のような内容である。 ワシントン滞在中のカルザイ・アフガン大統領はCNNの取材に対し、100人以上が死亡したとの報告を受けていると述べた。…

シオン賢者の議定書とヒトラー

秘密結社について取り扱っているような、オカルト系の本で、良く取り上げられるものに、シオン賢者の議定書というものがある。これはユダヤ人による世界征服綱領として知られている。ユダヤ人はフリーメーソンや経済力を通じての世界支配を狙っているという…

終戦工作の真相【4】

数々の終戦の試みが敗れた後の経過は、主な経過は、巷間に知られている通りである。その経緯の叙述に関しては、リデル・ハートの筆によるものが白眉であると思う。主な経過を追ってみたい。 1945年6月、悪化していく戦況の中で、連合国側の無条件降伏要求の…

終戦工作の真相【3】

昭和天皇と終戦について語られる時に良く取り上げられるのが、近衛上奏文問題である。近衛上奏文とは、1945年初頭に、天皇が重臣を個別に呼び出して意見を徴した時に近衛文麿が提出した文書のことである。近衛は、戦争が敗北必至であること、このまま戦争が…

終戦工作の真相【2】

日本の第二次世界大戦に対する、終戦工作に繆斌工作というものがある。これは中国のブローカーを通じた和平工作の話であるが、巷間の本の中では、天皇はこの工作に乗り気でなかったから終戦が遅れた、などという文脈で取り上げられることがある。これについ…

終戦工作の真相【1】

日本の第二次世界大戦の終戦については、色々と説があるものの、基本的には1945年の6月以降に、天皇を意を受けて、工作が始まったものの、遅すぎた、和平に対して消極的過ぎたという論調になることが多いように思う。以前、東條に関する項でも和平に関する異…

南京大虐殺について【2】

昨日は、日本人外交官の南京大虐殺に関する回想を取り上げたが、今日は、有名なパル判決書を取り上げたい。このパル判決書は、比較的日本に好意的なものであったと知られており、いわゆる右派の人々も引き合いに出すことが多いものである。 以下は南京大虐殺…

南京大虐殺について【1】

南京大虐殺については、世間的には一応専門家と見られるような人間からも、虐殺などなかったという意見を呈せられることがあるが、この問題については、戦前、日本の外交官であった石射猪太郎が回顧録の中で取り上げているので、同時代人の見聞として紹介し…

日本軍の進撃がオーストラリアに与えた脅威

日本軍の太平洋戦争序盤の快進撃が、西洋人に与えた心理的影響については、既にd:id:royalblood:20090424:1240572977で述べたが、マッカーサーの回顧録の、フィリピン脱出後を回想した部分にも、当時の日本軍の脅威が窺われる。 オーストラリアの各幕僚長の…

真珠湾作戦が戦局に与えた影響

真珠湾作戦は、結果としてアメリカ軍の戦意を高めてしまい、政略的に失敗だったという観点でのみ語られることが多いが、実際にアメリカ軍の作戦にどのような影響を与えていたかといった観点で語られることは少ない。幸いマッカーサーが自伝において、ある程…

日本の特攻に対するアメリカ側の評価

前日は、ドイツ軍の特攻について、取り上げたが、今回は日本の特攻についてのアメリカの調査報告について検討したい。今回、使用する資料は米国戦略爆撃調査団の報告書である。日本の航空戦力に関しての報告書なので、航空部隊による特攻に関する内容のみと…

ドイツ軍の特攻部隊

日本では特攻隊は有名であるが、同時期の他国には例はなかったのだろうか。そういうことを疑問に思っていたのだが、先日とりあげた、グデーリアンの『電撃戦』を読んでいたら、ドイツ軍の終末期に、日本の特攻隊のような組織があったことが確認できた。引用…

無条件降伏要求についての同時代人所見【4】

無条件降伏要求に関して、当事者としての回想を主に取り上げてきたが、今回は、歴史家としての視点から、この問題について取り扱っているものを取り上げたい。既に何回か、このブログにも登場しているリデル・ハートの代表作『第二次世界大戦』からの引用で…

無条件降伏要求についての同時代人所見【3】

前二回は連合国側の要人の回顧録であったが、今回は枢軸国側の人物がどう感じていたかについて取り上げたい。今回、取り上げるのは、ドイツ国防軍のハインツ・グデーリアン上級大将の回想録である。グデーリアン将軍に対しては、多くを語る必要はないと思わ…

無条件降伏要求についての同時代人所見【2】

前回に引き続き連合国側の主要人物の回顧録から無条件降伏要求に関する所見を確認してみることにする。今回は第二次世界大戦中の大部分において英国首相をつとめたウィンストン・チャーチルの回顧録を取り上げることにする。 以下の引用文は対日戦における最…

無条件降伏要求についての同時代人所見【1】

第二次世界大戦において連合国側から枢軸国に対して発せられた無条件降伏要求について、あまり日本国内の一般向けの書籍で批判されている例を見ない。私は、各国要人の回顧録などを中心に読んでいるが、無条件降伏要求については否定的なコンテキストで語ら…

アメリカの日本外交暗号解読

太平洋戦争開戦前に、アメリカは日本の外交暗号を破っており、内容が筒抜けだったという話がある。話としては知っていても、情報源は知られていない方が多いのではないかと思うが、これについても、ハル国務長官の回顧録に詳細が載っている。1941年5月7日、…

アメリカは真珠湾攻撃を察知していたか【2】

アメリカの真珠湾攻撃察知に関しては、アメリカ側要人の日記、回顧録にも、その根拠を見つけることができる。 以下は、当時のアメリカ国務長官ハルの回顧録からの引用である。 一九四一年一月二十七日、東京のグルー大使から次のような電報が届いた。日本駐…

典型的な見方と異なる東條英機観

前日、東條英機関連の話題を書いたので、今日も関連する話題を続けることにする。 一般的に東條は度量が小さく陰険な人物というように今日では考えられている。過去、反東條的な立場だった、細川護貞が書いた『細川日記』などもパラパラ読んだことがあるが評…

アメリカは真珠湾攻撃を察知していたか【1】

これも太平洋戦争開戦にあたって、最終的な局面で日米交渉に従事した来栖三郎が、開戦後、アメリカ抑留中に見聞した資料をもとに書かれた回想であるが、なかなか興味深い内容である。 自分が抑留生活中に読んだ新聞記事などの中で、自分の注意を惹いたものも…

東條曰く「まだこんなことをいっているか」

前回に引き続き、東條英機関連の記事。 アジア各国に関する態度については、今日紹介するような逸話がある。 以下は、当時外務大臣であった重光から来栖が聞いた内容である 大東亜主義現実化に関する東条首相の態度はすこぶる真摯熱心で、一例を挙げれぽ、そ…