ABCD包囲網考【17】・東條英機の供述
今回は、日米開戦時の首相であった、東條英機の回想を出典にとりたい。東條英機に関しては、回顧録や、日記のようなものは、少なくとも発表されたものとしては存在しないはずだが、東京裁判に際して提出された宣誓供述書が近年出版されている。記述の客観性や信頼性に関しては、疑問のある向きもあると思うが興味深いソースであるとは思う。
今回は、原著の記述スタイルから、引用よりも、要約した方がわかりやすそうなので、要約スタイルで内容を紹介したい。
◎1940年〜1941年6月頃までの情勢
- 1940年7月、アメリカのハル国務長官は、イギリスのビルマ経由での中国国民党政府支援禁止に反対している*1
- 1940年10月には、アメリカのルーズベルト大統領は英国、および、中国国民党政府を援助する旨を演説した*2
- 1940年12月30日にアメリカのモーゲンソー財務長官は中国国民党政府に武器貸与の用意がある旨を演説した*3
- 1941年5月、アメリカのクラケット准将は中国国民党政府支援のために重慶に到着した*4
- 日本としては、石油の他、米、ゴム*5といった物資に関しても輸入に依存していた*6
- タイ、フランス領インドシナ*7の要人はシンガポールの英国勢力と連携しつつあるという情報があった*8
- フランス領インドシナは、日本に対する米の輸出を、1941年6月分以降について激減させようとした*9
- 1940年、イギリスはタイにおいてタイ米60万トンという大量の買い付けを図り、日本の輸入を妨害した*10
- フランス領インドシナのゴム年産6万トンの内、日本は1万5千トンを年々輸入していたが、1941年、アメリカは最大量のゴム買い付けをフランス領インドシナの領事に命じ、日本のゴム取得を妨害した*11
- イギリスは自国植民地に最大量のゴム取得を命じ、日本のゴム取得を妨害した*12
- イギリスは1941年5月中旬に、植民地に日本と日本円使用地域へのゴムの全面禁輸を行った*13
◎オランダとの交渉
- アメリカ、イギリスからの石油輸入が制限されつつあったため、1940年9月以来、オランダ領東インドとの交渉に全力を尽くしたが、次第にオランダ側が敵対的になり、1940年6月10日頃には事実上決裂した*14,*15
- オランダ外相は1941年5月上旬に挑戦に対しては、いつでも応戦するとの挑戦的な言動をしていた。*16
- 日中戦争の勝利のため、中華民国政府の補給ルートを断つ必要があり、アメリカ、イギリス、オランダの南方地域における軍備拡大、禁輸措置による必需物資の入手妨害といった点に対応するために、フランス領インドシナ進駐が必要になった*17
- 日本政府とフランス政府*18は1941年7月21日に共同防衛の了解をさせ、同23日には細目の協定も成立し相互の了解のもとに進駐を行った。*19
- フランス政府との協定に関して、ドイツに斡旋を求めたことは事実であるが、ドイツに拒否されたため、ドイツを介して圧力をかけたという事実はない*20
- 1941年12月7日のアメリカ大統領の親電*21によれば、フランス政府は共同防衛のため、日本軍の進駐を許したのであり、インドシナに対して攻撃を加えた事実や意図はなかったと信ずると述べていた*22
- 日本政府はアメリカ側から、戦争に追い込まれるような全面的経済制裁を受けるとは考えていなかった*23,*24
- 日本はフランス領インドシナ以上には進出しないことをアメリカに伝えていた。*25
◎フランス領インドシナ進駐前後の出来事
- 1941年7月4日、中国国民党政府の郭外交部長は、アメリカ、イギリス、中国の結束の必要性を放送した*26
- 1941年7月23日にノックス海軍長官は、海軍がアメリカの極東政策遂行のため必要になると述べた*27
- 1941年7月24日、米国海事委員会は、南アフリカ*28、カルカッタ*29、シンガポール*30、マニラ、ホノルル、紅海方面*31に海事連絡員の派遣を発表した*32
◎全面的な経済制裁後に関する記述
- 1941年7月26日の対日経済封鎖開始により、日本は決定的な危機を迎えた*33
- アメリカ、イギリス、オランダは同日に対日資産凍結を実行した*34,*35
- 1941年8月26日、ニュージーランド*36首相は、同国内の基地を、アメリカ、オーストラリア、オランダが共同使用することを認めた*37
- 1941年8月末、アメリカ大統領ルーズベルトは、軍事使節を中国国民党政府に派遣する旨を表明した*38
- 1941年8月14日には、米英の共同宣言が発表された*39,*40
- ルーズベルトは議会に国家非常事態の存在の承認を求めた*41
- 1941年8月19日に、フィリピンのケソン大統領は、アメリカ参戦の時はフィリピンも協力する旨を言明した*42,*43
- 石油不足により、日本海軍は2年後には戦闘力を喪失する見込みであった*44
- 石油を必要とする日本の重要産業は1年以内に麻痺状態に陥ることが予測された*45,*46
- これらの事情にも関わらず、第三次近衛内閣、東條内閣は日米交渉の継続を継続した*47,*48
初めに述べているが、史料の性格も考えると、全てにおいて、これらの記述がニュアンスまで含めて正確なものかどうかということについては疑問がある。しかし、事実関係については、概ね真実ではないかと思われるし、少なくともこれらの記述をもとに考察を深めていくという点については充分有用なものであると思う。
*1:東條由布子編 『大東亜戦争の真実 東條英機宣誓供述書』 ワック株式会社 2006年8月16日 P65 --参考文献
*2:前出 『大東亜戦争の真実 東條英機宣誓供述書』 P65 --参考文献
*3:前出 『大東亜戦争の真実 東條英機宣誓供述書』 P65 --参考文献
*4:前出 『大東亜戦争の真実 東條英機宣誓供述書』 P66 --参考文献
*5:自動車のタイヤ等に用いる重要な戦略物資であった
*6:前出 『大東亜戦争の真実 東條英機宣誓供述書』 P69-70 --参考文献
*8:前出 『大東亜戦争の真実 東條英機宣誓供述書』 P70 --参考文献
*9:前出 『大東亜戦争の真実 東條英機宣誓供述書』 P70 --参考文献
*10:前出 『大東亜戦争の真実 東條英機宣誓供述書』 P70 --参考文献
*11:前出 『大東亜戦争の真実 東條英機宣誓供述書』 P70 --参考文献
*12:前出 『大東亜戦争の真実 東條英機宣誓供述書』 P67--参考文献
*13:前出 『大東亜戦争の真実 東條英機宣誓供述書』 P70 --参考文献
*14:前出 『大東亜戦争の真実 東條英機宣誓供述書』 P71 --参考文献
*15:決裂の経緯に関しては来栖三郎が述べているがd:id:royalblood:20090603とらえ方は東條とは相当異なる
*16:前出 『大東亜戦争の真実 東條英機宣誓供述書』 P71 --参考文献
*17:前出 『大東亜戦争の真実 東條英機宣誓供述書』 P64 --参考文献
*19:前出 『大東亜戦争の真実 東條英機宣誓供述書』 P71 --参考文献
*20:前出 『大東亜戦争の真実 東條英機宣誓供述書』 P72 --参考文献
*22:前出 『大東亜戦争の真実 東條英機宣誓供述書』 P72 --参考文献
*23:前出 『大東亜戦争の真実 東條英機宣誓供述書』 P73 --参考文献
*24:当時の首相であった近衛も予期していなかったようであるが、幣原喜重郎のように、これを予見していた人間もいたd:id:royalblood:20090611
*25:前出 『大東亜戦争の真実 東條英機宣誓供述書』 P83 --参考文献
*26:前出 『大東亜戦争の真実 東條英機宣誓供述書』 P89 --参考文献
*27:前出 『大東亜戦争の真実 東條英機宣誓供述書』 P90 --参考文献
*29:当時イギリス領インド
*30:当時イギリス領
*31:エジプトはイギリス領ではないが勢力圏だった
*32:前出 『大東亜戦争の真実 東條英機宣誓供述書』 P89 --参考文献
*33:前出 『大東亜戦争の真実 東條英機宣誓供述書』 P85 --参考文献
*34:前出 『大東亜戦争の真実 東條英機宣誓供述書』 P86-87 --参考文献
*35:他の資料を検討するとオランダは2日遅れて行動したと記述されているので同日という記述は誤りと思われるd:id:royalblood:20090602,d:id:royalblood:20090609
*37:前出 『大東亜戦争の真実 東條英機宣誓供述書』 P89 --参考文献
*38:前出 『大東亜戦争の真実 東條英機宣誓供述書』 P89 --参考文献
*39:前出 『大東亜戦争の真実 東條英機宣誓供述書』 P90 --参考文献
*40:d:id:royalblood:20090602に会談の経緯を載せている大西洋会談後に発表された大西洋憲章を指す
*41:前出 『大東亜戦争の真実 東條英機宣誓供述書』 P89 --参考文献
*42:前出 『大東亜戦争の真実 東條英機宣誓供述書』 P90 --参考文献
*43:フィリピンは当時、アメリカの植民地であり独立国ではなかったので協力は当然ではある
*44:前出 『大東亜戦争の真実 東條英機宣誓供述書』 P90 --参考文献
*45:前出 『大東亜戦争の真実 東條英機宣誓供述書』 P90 --参考文献
*46:石油不足のもたらした致命的な影響については、ナイ教授d:id:royalblood:20090608やリデル・ハート等が指摘しているd:id:royalblood:20090609
*47:前出 『大東亜戦争の真実 東條英機宣誓供述書』 P101, P121 --参考文献
*48:リデル・ハートは、忍耐強く交渉を続けた努力を特筆に価すると述べているd:id:royalblood:20090609