南京大虐殺について【1】

南京大虐殺については、世間的には一応専門家と見られるような人間からも、虐殺などなかったという意見を呈せられることがあるが、この問題については、戦前、日本の外交官であった石射猪太郎が回顧録の中で取り上げているので、同時代人の見聞として紹介したい。

南京は暮れの十三日に陥落した。わが軍のあとを追って南京に帰復した福井領事からの電信報告、続いて上海総領事からの書面報告がわれわれを慨嘆させた。南京入城の日本軍の中国人に対する掠奪、強姦、放火、虐殺の情報である。憲兵はいても少数で、取締りの用をなさない。制止を試みたがために、福井領事の身辺が危いとさえ報ぜられた。*1

南京陥落後に、当時の南京領事から、日本軍の中国人に対する掠奪、強姦、放火、虐殺があったという報告を受けたと明白に書いている。
また、この件での情報統制について以下のように述べている。

日本の新聞は、記事差し止めのために、この同胞の鬼畜の行為に沈黙を守ったが、悪事は直ちに千里を走って海外に大センセーションを引き起こし、あらゆる非難が日本軍に向けられた。わが民族史上、千古の汚点、知らぬは日本国民ばかり、大衆はいわゆる赫々たる戦果を礼讃するのみであった。*2

日本国内のマスコミは、この件を報道しなかったが、海外では当時、大センセーションを引き起こしたと述べている。知らぬは日本国民ばかりとも述べているが、未だに南京大虐殺は幻だったというような説を唱える向きがあるのは不思議なことである。
なお、石射猪太郎については、敗色濃厚な中でビルマ大使を引き受けた人物でもあり、また、回顧録の中で昭和天皇に対して好意的な表現をしており、同胞に不利な虚言を弄するような人物とは思われないということを付記しておく。

*1:石射猪太郎 『外交官の一生』 中公文庫 P332

*2:石射猪太郎 『外交官の一生』 中公文庫 P333