南京大虐殺について【2】

昨日は、日本人外交官の南京大虐殺に関する回想を取り上げたが、今日は、有名なパル判決書を取り上げたい。このパル判決書は、比較的日本に好意的なものであったと知られており、いわゆる右派の人々も引き合いに出すことが多いものである。
以下は南京大虐殺事件に関して述べている部分である。

これに関し、本件において提出された証拠にたいしいいうるすべてのことを念頭において、宣伝と誇張をできるかぎり斟酌しても、なお残虐行為は日本軍がその占領したある地域の一般民衆、はたまた、戦時俘虜にたいし犯したものであるという証拠は、圧倒的である。*1

中国側の宣伝と誇張は、かなりあるのではないかと述べているが、残虐行為を一般民衆や戦時俘虜に対して犯したという証拠は圧倒的であると述べている。
また、別の箇所では、検察側の以下のような主張を取り上げている。

最初の数日間、二万名以上の者が日本人によって処刑された。最初の六週間以内に、南京城内およびその周辺においで殺害された者の数の見積もりは二十六万ないし三十万人の間を上下し、これらの者はすべて実際には裁判に付されることなく、殺戮されたのである。第三紅卍字会および崇善堂の記録によって、この二団体の埋葬した死体が十五万五千以上であった事実が、これらの見積りの正確性を示している。このおなじ六週間の間に二万人をくだらない婦女子が日本の兵隊によって強姦された。*2

南京大虐殺を大規模に見積もる、いわゆる大虐殺説的な立場から検察側の証拠提示があったことを述べている。
しかし、このような検察側の主張に対し、パル判事は以下のように意見を述べている。

以上が検察側の南京残虐事件の顛末である。すでに本官が指摘したように、この物語の全部を受け容れることはいささか困難である。そこにはある程度の誇張とたぶんある程度の歪曲があったのである。本官はすでにかような若干の例をあげた。その証言には慎重な検討を要するところのあまりに熱心すぎた証人が、明らかに若干いたのである。*3

先に挙げたような検察側の証拠は、パル判事の検討からすると、誇張や歪曲があったと述べている。なお「本官はすでにかような若干の例をあげた」とパル判事は述べているが、これに関しては『パル判決書』の中で検証されているが、あまりにも長くなるので、ここには引用しない。内容は検察側証言の矛盾について考察しているものである。
結論的には、パル判事としては、日本軍による強姦や虐殺はあったという証拠は動かし難いが、かなり誇張、歪曲されて伝わっていると考えていたということである。
更に付記するが、このような残虐事件を東京裁判で再度、裁くことについてはパル判事は以下のように見解を述べている。

想起しなければならないことは、多くの場合において、これら残虐行為を実際に犯したかどで訴追されたものは、その直接上官とともに戦勝国によってすでに「厳重なる裁判」を受けたということである。われわれは検察側からこの犯罪人の長い名簿をもらっている。証拠として提出されたこれらの名簿の長さは、主張されている残虐行為の邪悪性と残忍性とはなんら比較しうるものではない。これら非道な行為を犯したとみなされたすべてのものにたいし、戦勝国が誤った寛大な態度を示したと非難しうるものは一人もいないと本官は思う。この処刑によって憤怒のどのようなものも十分に鎮圧せられたものとみなしえられ・かような憤怨から起こる報復の激情と希望は、満足されたものと考えられる。「道徳的再建の行為」または「世界の良心が人類の威厳を新たに主張する方法」としても、かような裁判および処刑は、その数において不十分ではなかった。*4

既に東京裁判に先立って、残虐行為を犯したものは上官とともに既に厳重な裁判を受けており、これらの処刑は日本軍が犯した罪に対して不十分なものではなかったとしているのである。

*1:東京裁判研究会編 『パル判決書(下)』 講談社学術文庫 2006年12月1日 P566

*2:東京裁判研究会編 『パル判決書(下)』 講談社学術文庫 2006年12月1日 P599

*3:東京裁判研究会編 『パル判決書(下)』 講談社学術文庫 2006年12月1日 P599

*4:東京裁判研究会編 『パル判決書(下)』 講談社学術文庫 2006年12月1日 P566-567