ABCD包囲網考【10】・米有力研究者の叙述【2】

本日は、ナイ教授の『国際紛争 理論と歴史』に関する検討の続きになる。

アメリカは日本への石油の禁輸措置によって日本の南進を阻止しようとした。「アメリカは日本の首に手綱をかけて,時々締め上げてやる」と,ローズヴェルト大統領は言ったものである。*1

アメリカ政府が、資源を盾にとって、日本を思いのままに動かそうとしていたということが読みとれる叙述である。
また、ナイ教授は、当時の国務次官補であったディーン・アチソンの日本は戦争に踏み切らないであろうという見解について述べている。アチソンの考えの根拠は以下のようなものだった。

日本人が合理的なら,アメリカへの攻撃は日本の破滅以外の何物でもないことは明らかだからだ*2

今日の立場から大観すれば、肯定されるであろう論評だが、日本には、どのみち大したことが出来ないというような蔑視意識が透けて見えるような叙述である。
だが、当時の日本人はアチソンのようには考えていなかったことにもナイ教授は言及する。

しかし日本人は,対米開戦をしなければ,どのみち最後には敗北にいたると感じていた。日本は石油の90%を輸入に依存していたので,輸入が絶たれれば,海軍は1年ももつまいと計算していた。したがって,戦争を始める方が,徐々に絞め殺されるよりもましだ,と日本は決断したのである。*3

アメリカが日本を軽視する一方で、日本は当時、石油の90%を輸入に依存していたため、自国の崩壊を招くくらいなら対米開戦を断行して南方の資源を確保するべきである、といった方向に政府は流れていったと書かれている。この時、アメリカは、交渉の余地を完全に残していなかったわけではないが、日本への石油供給再開の条件の一つとして、中国からの撤退を要求していた。これは、日本に、経済的に決定的に重要とみなしている地域から駆逐されるおそれがあるという考えを与えたため*4、受容はされなかった。
そのため、日本側は、

「きわめて危険かもしれないが,軍事作戦はまだ生き残りの希望を与えてくれる」*5

といった考えを持つに至ったのである。
このような考えについて、ナイ教授は以下のように述べている。

日本の視点からすれば,日本が戦争に向かうことは完全に非合理というわけではなかった。というのも,日本の見るところでは,それは最も悪くない選択肢だった*6

悪くない選択肢といっても、ドイツがイギリスを破り,奇襲攻撃を受けてアメリカの世論が揺らげば,交渉による和平の道もありうるというような、優勢を収められる根拠が希望的観測に拠っているような選択肢にすぎなかった。この点について当時の日本軍首脳部の情景を塚田攻陸軍参謀次長の言葉を引いて次のように表現している。

開戦の場合の見通しは明るくない。平和的解決の道はないかと,みなが考えている。「心配するな,たとえ戦争が長引いてもすべての責任をとる」と言える者は,どこにもいない。他方,現状維持は不可能である。したがって,不可避的に,開戦やむなしという結論に達するのである。*7

開戦の場合の見通しは明るくないのが、わかっているが、現状維持政策はアメリカの方針により採られるべくもなかったので、不可避的に開戦やむなしという結論に達してしまったと述べている。一方でナイ教授は日本には他の選択肢があったことも指摘する。

もとより,日本には中国と東南アジアでの侵略を改めるという選択肢はあった。だが,それは拡張主義的,好戦的な見解をとる軍部の指導者たちには考えられないことであった*8

確かに、この選択肢は理論上は存在したと思われるが、中国との二国間交渉や国際条約により積み上げてきた権益を一気に喪失しなければならないような選択肢は取れなかったであろうことは、リアリスト的な見解を示す歴史家や当事者によって指摘されている。例えば、後で紹介することになる、リデル・ハートは、そのような立場をとっている。
最後に結論としてナイ教授は以下のように述べている

日本を抑止しようとするアメリカの努力は破綻をもたらした。平和という選択肢は、戦争に敗れるよりも非道い結果をもたらすと日本の指導者達は考えていた*9

結局のところ、日本の既得権益保全しようとする外交と、米国と友好国の国益保全しようとする米国の封じ込め外交は、双方とも失敗に終わったと考えるべきではないだろうか。

*1:ジョセフ・S・ナイ・ジュニア 『国際紛争 理論と歴史』 有斐閣 2007年4月10日 P133

*2:ジョセフ・S・ナイ・ジュニア 『国際紛争 理論と歴史』 有斐閣 2007年4月10日 P133

*3:ジョセフ・S・ナイ・ジュニア 『国際紛争 理論と歴史』 有斐閣 2007年4月10日 P133

*4:中国権益の確保を侵略的行為と即断する向きもあるが、実体は、そう単純ではなかった。d:id:royalblood:20090518,d:id:royalblood:20090517

*5:ジョセフ・S・ナイ・ジュニア 『国際紛争 理論と歴史』 有斐閣 2007年4月10日 P133

*6:ジョセフ・S・ナイ・ジュニア 『国際紛争 理論と歴史』 有斐閣 2007年4月10日 P133

*7:ジョセフ・S・ナイ・ジュニア 『国際紛争 理論と歴史』 有斐閣 2007年4月10日 P133

*8:ジョセフ・S・ナイ・ジュニア 『国際紛争 理論と歴史』 有斐閣 2007年4月10日 P134

*9:ジョセフ・S・ナイ・ジュニア 『国際紛争 理論と歴史』 有斐閣 2007年4月10日 P136