スパイ・ゾルゲが見た日本【2】・農業問題と陸軍

現代から見た場合の、戦前の日本軍にに対する評価は、非常に横暴な集団であり、庶民を迫害していたといった感想が、かなり一般に浸透しているように思う。特に典型的な海軍善玉論、陸軍悪玉論において、陸軍が批判されるような傾向が強いと思う。戦中という非常時の問題行為のみが取り上げられる傾向にあるからだろうが、こういった受け止め方は一面の真理に過ぎないと思う。今回も、ゾルゲの戦前の論文を検討してみたい。
今回検討するものも、ドイツの『地政学雑誌』1937年1-3月号に「日本の農業問題」という題で発表された論文の一部である。

日本軍部が演じている独自の役割、すなわち特に陸軍が、農業問題の重大さを認識しているばかりでなく、たとえ完全な解決でなくとも、それにしてもこの問題を実際に取り上げなければならぬ必要性と、少なくとも理論上の可能性を見ている唯一のグループであることは、この国特有のことである。*1

戦前の日本において、農業問題、つまり農村の貧困の重大性を認識しと、その問題に対処しようとする姿勢がある唯一のグループが陸軍であったとしている。なお、陸軍がこのような問題に対処しようとする勢力になった所以について、ゾルゲは、日本陸軍の将校の40%が農村出身であり、兵士の90%が農村出身であったためであるとしている。
また、陸軍の、農村の貧困に対する具体的な政策要求/実行についても、触れている。

軍はわけても現行の小作制度、負債、過大な租税負担および零細経営に存する主要欠陥の除去を要求している。陸軍は農民に副業を与えようとして軍需関係の産業をできるだけ農村に移すためにも努力している*2

  • 小作制度の除去の要求
  • 農民の負債の除去の要求
  • 過大な税金の減税要求
  • 農民に副業を与えるための軍需産業移転

陸軍は以上のような政策を行っていたことがわかる。
総じて、陸軍は、構成員の多くが農民であったという点もあり、農村の疲弊を解決しようとする傾向のある唯一のグループであったと述べているのである。戦後の評論では陸軍に対しての悪評が非常に多いが、戦前は、かなり支持を得ていた理由が理解できる。
もっとも、ゾルゲについても、今日的な陸軍批判に合致するような評価をしている部分もある。

最後に日本農業問題の徹底的な解決に努力を集中する代りに、また幾多焦眉の急に迫っている改革問題を棚上げして、外敵に対する戦いに国家のエネルギーを向けようと努めているのは外ならぬ陸軍である*3

ここでは、陸軍は、日本の農業問題の解決を考える一方で、それに相反する、軍部拡張や外征にエネルギーを向けようとしているという自己矛盾に陥っているという点も指摘しているのである。
今回は、ゾルゲの記述のみを取り上げることにするが、リベラル派の政治家として知られる石橋湛山あたりも、自分の徴兵体験からは、陸軍は合理的な組織だったというような感想を述べている。これについては、後日、取り上げる予定である。

*1:みすず書房編集部 『ゾルゲの見た日本』 みすず書房 2003年6月2日 P82

*2:みすず書房編集部 『ゾルゲの見た日本』 みすず書房 2003年6月2日 P82-83

*3:みすず書房編集部 『ゾルゲの見た日本』 みすず書房 2003年6月2日 P83